2009年2月18日水曜日

業の花びら

心が、泣いていた。
心は、出来事に対して反応が素直だ。
心が外面の強かさと乖離すると、消耗が激しい。

私は一体、いつどこで、相手と分かりあうことを諦めたのか、それを今思い出しているけれど、果てしなく遡って、これをもう私の「業」だと、認めざるを得ない。

しかし、それをどうすればいいのか。
散々格闘してきた挙句の今の私は、この「業」を痒ければ掻くの如く「あるがまま」にしておく以外の施しようを知らない。

私が打ち震える心を抱えてただ耐えていると、相手は気付かない。
本来、人は孤独なはずだから、悲嘆に暮れる心に相手が気付いたところで、何ができるわけでもない。
だから性急に「分かってくれ」と、甘えたことを望むのは、私には納得がいかない。

そんなわけで、私は分かり合うことを諦めたのか。
そういった私自身の冷たさが「業」と絡み合って、私というキャラクターが出来上がっている。

と、そこまで説明する手間も無いから、好きなように私に自分自身を投影して、自分自身が私に映し出されていると気付かずに、好きなように私を誤解する相手に、私は心を痛めつけられる。

私が相手の痛みを分からない原因は、私の痛みを相手に伝えられなかったが故だったかもしれない。

伝える術。
それは本当に万能でない、殺傷能力も高い道具。

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