2009年3月8日日曜日

ワークシェアリングにキレる君

「営業努力が足りない。は!」

某中小企業の営業課長で、バリバリのキャリアウーマンの女史は、ヘソが茶を沸かしたように大笑いした。
その笑いは、まるで『天空の城ラピュタ』のムスカのようなヒステリックさを伴っていた。
女史が笑うさまを真横で見ていた私は、その光景が可笑しくて大笑いした。

会社の課長とモグリのフリーターの私が、タメ口でピクニックに行くという光景も、非常に不思議なものではあるが、女史とはセミナーで知り合った仲だ。

中小企業の悲惨な有様は、私も連日(テレビが無いので)ラジオで耳にしているから、もちろん、企業の業績の悪化は、単に営業努力で補えるものばかりとは思えない。
女史の会社では、今正に首切りされんとする、余った若い社員たちが、何をするでもなく暇を持て余してブツクサ言っているとか。

それを聞いて私は、かの「米百俵」を喩えに用いて、余った若い社員たちに勉強させたらどうか、などと、恐れ多くも女史に言えば、女史いわく、

「会社は学校ではない。社員は生徒ではない。会社は、金を稼ぐところである。勉強したければ学費を払って学校に行けばいい。」

と、冷たいようで、しかしシビアに本質を突いた答え。
それはそうだろう。
経営側の思いと同じものの考え方ができなければ、会社で高い地位に就くことはできまい。

勉強する気のある者は、暇があったらどこでだって勉強しているものである、と。
つまり、弱い立場に己自身が転がり堕ちて行くのは、時間があっても努力を怠った、それはその人の勝手である、と。
現状を誰かのせいにしているばかりの甘ったれが生きていけるほど、世の中は甘くは無いのである、と。

これまでも女だてらで、世の濁流を泳ぎ抜いてきた女史は、会社というもの、社会というものの厳しさを、嫌というほど知り尽くしている。彼女が血の滲む思いで積み上げた月日を、今更甘ったれに「ワークシェアリング」などと、ぶち壊しにされたのでは、たまったものではなかろう。

そんなこんなで、女史は派遣村の報道にも、違和感を感じずにはいられなかったそうだ。
女史とは立場を異にする私としては、派遣村に関しては「よくやった!」という思いの方が強かった。(

何事も一面的ではない。一所絡げにはできない。
立場や境遇の違う人々の視点で、折り合いをつけることは難しい。

…ただ派遣村に関して、ムーブメントに乗じて、あれこれと騒ぎ出すいちびった輩が、報道であれ、政治家であれ、末端の労働者であれ、目障りに思うところでは、女史と同じ思いであった。


天気も好く、梅の花がキレイな休日だった。

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