2009年3月28日土曜日

仮面の笑顔が「ありがとう」

奇妙な「笑顔信仰」に思う(2008年7月14日)

例えば。

宇宙を満たす「善の意志」とか、そういったものを無明の人々に伝えたり知らせたりするのに、神代の昔の人、並びに神様自体も、いかにすべきか、と悩んだかもしれない。

昔の人や神様は、そこに、「ありがとう」という言葉をあてがってみた。

まずは難しいこた言わない。
とりあえず、「ありがとう」って、言ってみな。てなカンジで。

本当は「ありがとう」という言葉よりも、感謝した時に沸き起こる気持ち、「平安」という状態を神様らは人々に伝えたかったのだけど、その後、「ありがとう」という言葉先行になって、気持ち自体がワケがわからなくなって、この言霊も穢されていった。

わけもわからずに、繰り返し使っていた「ありがとう」の真髄を、私は近頃、そんな風に推測するようになった。


 「いらっしゃいませ」
 「はい、かしこまりました」
 「恐れ入りますが」
 「少々お待ち下さい」
 「お待たせ致しました」
 「申し訳ございません」
 「ありがとうございました。またご利用下さい」

サービス業の朝礼や研修で、薄気味悪さが板に付いたような作り笑顔で繰り返し「やらされる」、接客5大用語だか7大用語。
何も考えずに唱えるだけならば、ああいったものこそがその本質から逸れて、言霊を穢す元だと思うことがある。

確かに、100回放った「ありがとう」のうちの、ただ1度に、たまたま巧く誠意が込められて、相手に伝わった時、その「言霊」の威力は、それなりに強かろう。

と思えばこそ、道化のお面のような作り笑顔を訓練するよりも、誠意の方が板に付けなければ。
逆を言えば、誠意が無いなら、そんな言葉を口にするな、と言いたいが…、人間そんなにデキた役者ばかりではない。
意味の分からない言葉も、まず使ってみるところからはじめなければならない、としたら、それが途上の大根役者の、気味の悪い作り笑顔が世に蔓延る理由なのだろうかな。


介護職の面接に行ったが、面接官の笑顔が、気持ち悪かった。
いかにも研修で「口角を上げろ」叩き込まれたような。本人も、この薄っぺらい笑顔が、お客様に安心感を与えるものだと信じきってしまっているような。
私はこの仕事に就きたいけれど、この笑顔ばかりはどうにも受け付けない、と思って、足を運んだ徒労にまたしても凹んでしまった。

2 件のコメント:

Kuantan さんのコメント...

>「介護職の面接に行ったが、面接官の笑顔が、気持ち悪かった。
いかにも研修で「口角を上げろ」叩き込まれたような。本人も、この薄っぺらい笑顔が、お客様に安心感を与えるものだと信じきってしまっているような。」


なんだかリアルですね。

日本には立派な接客文化があって、世界のどこでも見られないような立派な接客をする店もあると思います。その基本思想はやっぱり「お客様は神様です」というところでしょうか。これは馬鹿にできない思想だと私は思っています。

お店の場合は、お金を払ってわざわざきてくれるお客さんに感謝する、ということで感謝の対象がわかりやすいのですが、「介護」となると微妙ですね。

介護職という職業は、まだ、自分たちはなぜ笑顔を作るべきなのか、いったい自分たちは何に感謝すべきなのか、わからない状態にいるのではないでしょうか。つまり、自分たちの職業の価値観を確立できていないのかもしれないと思います。

うらら さんのコメント...

> 自分たちの職業の価値観を確立できていない

そればかりでもない。
職業の価値観の確立ができている人らがいたからこそ、何とかまだもっている。そういう人が現場を仕切れている職場のモチベーションと、そういう人がボロボロに疲れ果てて腑抜けになっている職場と、あれも現場によって様々なんですよ。
「企業としてのサービス」か、「地域貢献のため」か、職場の設立目的から様々なので、できるだけちゃんとした人がいるとこに、私は行きたいものです。
利用者の無垢な笑顔に触れた時は、さすがにお面のような笑顔ではいられないでしょう。普段、作り笑顔を鍛えている人々も、その時はフツーに微笑むものです。

介護の場合、感謝は「これで食っている」ということと、その利用者との関わることができたことだったりします。
後者はちょっと、やってみないことには、なかなか説明が難しい。
まぁ、面倒臭い利用者と関わっていて、後の人生の学びになるような劇的な経験であったと、気付かされることが多いわけです。キレイ事じゃなくてね。…感謝が伴うようになる前に、激務に潰されて、腑抜けになることもままございますが。そういった腑抜けになってしまう人らが、そも「> 自分たちの職業の価値観を確立できていない」なんでしょう。…無理も無いと、同情できる部分もあるけれど。

「お客様は神様です」同様、古の商人の「三方よし」などの思想も、日本の接客文化の礎になっているんでしょう。…しかし、グローバリズムやら人員削減やなんかで、その思想を伝授できる大人が少なくなってきている気もする、今日この頃。

接客用語を朝礼で唱える職場は、犬作先生の宗教が絡む職場に多いという話を耳にしたことがあります。真偽のほどはわかりません。
たとえ犬作絡みでなくとも、「なんか言われてやっている」だけの薄気味悪さに、「絶対マインドコントロールされまい!」と、頑なに身構えてしまいます。
私はやるならば、何故それをするのかを骨身に沁みて分かっている上司の下でありたい、というわけです。

私は真面目ですわな。